History
[1981年〜1984年]
創価大学の学生有志で結成したDrum & Bugle
Corpsは、1981年11月1日に行われた第11回創大祭の野音ステージにおいて初デビュー。当時メンバーは男子学生13名で、この日のステージも学外の友人の応援を得て実現しました。衝撃的なサウンドとパフォーマンスに野外音楽堂を埋め尽くした観客からは大喝采。この小さな舞台が世界を目指してのスタートとなりました。1981年12月、学内サークルとして正式認可されDrum
& Bugle Corps愛好会を設立。本格的なクラブ活動を開始しました。 |
1982年10月29日、第12回創大祭のメインフェスティバルにおいて衣装を発表。タータンチェックのスカートに場内からどよめきが起こりました。衣装発表と同時にバンド名も「ロイヤルキルティーズ」に決定。昔、スコットランドの軍楽隊は最後の一人が敵弾に倒れるまで自軍の先頭に立って兵隊を鼓舞し続けたという故事に因み命名しました。そしてこの軍楽隊の勇敢さを「RK精神」とし、また「Ahead
For Ever(永遠に先駆を切り続ける)」をクラブのモットーとして、メインフラッグにその言葉を刻んでいます。 |
1983年の目標はマーチングバンド全国大会への出場でしたが、部員数はわずか22名。部員の獲得が最大の課題となりました。そこで、寮廻りや学内イベントを積極的に行い新入生や女子学生を勧誘、53名にまで拡大しました。そして、初めて大会に挑戦しましたが、結果は都大会で敗退。ほとんどが未経験者ばかりで、技術的な問題の解決が急務となりました。また、楽器・衣装はすべて自費であるため、経済的な基盤の確立も必要でした。 |
| 1984年は、RKの存亡を賭けて挑戦の年となりました。「トップレベルのドラム・コーを目指して作った以上、まずは当初の目標である全国大会に出場できなければ解散するしかない。」との覚悟で、『先進技術のRK』を合言葉に部員一丸となって技術の向上に取り組みました。その結果、都大会、関東大会を突破。念願の全国大会・日本武道館への切符を手に入れました。さらに全国大会では、カラーガードの最優秀団体に贈られるバンドフロント賞を受賞。全員が未経験者のカラーガードには大きな自信となりました。 |
| 1981.11 | 第11回創大祭においてデビュー。 |
| 12 | 大学学友会において、Drum & Bugle Corps愛好会設立を承認され、クラブ活動を開始する。 |
| 1982. 4 | 第12回入学式、新入生歓迎フェスティバル(学内行事初出動) |
| 7 | 第4回水泳大会 |
| 7 | 第11回滝山祭 |
| 9 | 西東京バス・ボンネットバス走行式オープニングセレモニー(学外行事初出動) |
| 10 | 第7回体育大会 |
| 10 | 第12回創大祭 |
| 1983.3 | 第9回卒業式 |
| 4 | 第13回入学式、祝賀演奏・新入生歓迎フェスティバル |
| 4 | 村内ホビー西八王子店、開店記念オープニングセレモニー |
| 6 | 東京ディズニーランド、ミュージックフェスティバル・プログラムに出演 |
| 7 | 第12回滝山祭 |
| 9 | 第1回創価大学文芸局芸術祭 |
| 9 | マーチングバンド東京都大会(大田区体育館) |
| 10 | 大新宿区祭り、パレード出演 |
| 10 | マーチングバンド東京都大会、高校フェスティバル賛助出演(創価大学中央体育館) |
| 10 | 東京富士美術館、開館記念祝賀パレード(甲州街道) |
| 11 | 第13回創大祭 |
| 1984.2 | ’84レナウンカップ横浜国際女子駅伝(横浜スタジアム) |
| 3 | 第10回卒業式 |
| 4 | 第14回入学式、新入生歓迎フェスティバル |
| 4 | 清水まつりパレード(静岡県清水市) |
| 6 | 東京ディズニーランド、ミュージックフェスティバル・プログラムに出演 |
| 9 | 第6回水泳大会 |
| 10 | マーチングバンド東京都大会(足立区総合スポーツセンター) |
| 10 | 第14回創大祭、記念パレード(甲州街道) |
| 11 | 八王子そごう1周年記念セレモニー |
| 11 | 第14回創大祭 |
| 11 | 第10回創友会総会記念演奏 |
| 11 | プレEXPO’85マーチングバンド関東大会(霞ケ浦文化体育館) |
| 12 | 第11回ウインターフェスティバル |
| 1985.1 | マーチングバンド全国大会(日本武道館)、バンドフロント賞受賞 |
| 3 | 第11回卒業式 |